さかさま
あなたがきらい
あなたがしんどいくらいすき
あなたからはなれたい
あなたとずっとくっつきたい
ぼくのことわかってよ
ぼくのことりかいするのむずかしいでしょ
苦しい
楽しい
眠い
眠い
これだけそのまま
あなたがきらい
あなたがしんどいくらいすき
あなたからはなれたい
あなたとずっとくっつきたい
ぼくのことわかってよ
ぼくのことりかいするのむずかしいでしょ
苦しい
楽しい
眠い
眠い
これだけそのまま
表層。
つねに表層しか見えない世界。
体という器。
その器を何者なのかもわからないものたちに貸してあげる。
貸すという概念は少し違う。
その何者かたちが自分を構成してもいるから。
深層。
そこには本当に自分がいるのか。
そこにこそ真理があるのか。
なにもないのかもしれない。
無はすべてを包容する。
そこに違和感があるのかもしれない。
あなたは、ぼくにとってデザートのような存在だ。
それは、メインではないということではない。
小食であるぼくにとって、別腹のデザートはメインである。
デザートがないと、いくらコースが良くても満たされない。
それは気持ちの問題かもしれない。
デザートの存在がほっとさせてくれる。
人差し指の第一関節までつっこまれた鼻の穴は、完全に戦意喪失し、本来のあるべき姿を失っていた。
人差し指は、高レベル危険区域に指定され、やけくそになっているのか。
取り出された人差し指には見事に丸まったボムが搭載されている。
女性は搭載されたボムを誰にも気付かれないように静かに床に落とそうとする。
取りだしたてのボムは、粘性が高いという事実を思い出したぼくは心の中で
やっやっやめてくれ!
叫んだ。
ほんとにやめてほしい。女性と目を合わさないようにしていたぼくは、ボムの行方を定かにできず、恐怖はしばらく消えなかった。
鼻のほじり方の最低ランクだった。
人格をうたがう。
嗚咽するときってすごく辛い。
息もできないし、
あごのあたりもおかしくなるし、
白目を剥くときだってあるかもしれない。
小さい頃は、嗚咽で死ぬんじゃないかってこわかった。
でも嗚咽でなんかなかなか死なないし、一時我慢すれば収まるって知った今は、嗚咽の最中にあと何秒続くのかなぁなんて、嗚咽のあの微妙な顔で考えてたりする。
いやぁ、経験ってすごいで〜
人はその人にとって”あたりまえの”人生を歩む。
なぜ”あたりまえ”なのかは、人生から得てきた感じ方を持って、送っている自分の人生を自分で振り返ると”あたりまえ”だと感じるから。
というより、結局はそうゆうふうにしか生きれない(かった)から。かな。
だから、ばくは、ぼくの人生に飽き飽きするときがある。
”あたりまえ”が誰かにとっては特別であったり、ぼくにとっても幸せで、愛おしいのだけれど。
現状にこれでいいのか?
って反問する。
でも、結局はこうゆうふうにしか生きれない(かった)から反問はそこでおしまいになって。
僕は正直に生きている?
僕は正直に生きてきた?
この人生はぼくが望んだもの?
望んでなんかないか。
今までで望んだものといえば、ぼくにとって大切な人が”あたりまえに”過ごせること、くらいのような気がする。
望んで簡単に”あたりまえ”が得られるもんじゃない。
病気したり、苦しんだり、悩んだりするし。
だから、大切な人のそれだけは望んできた。
すでにへいへいぼんぼんである”あたりまえ”のぼくはとても運がいいのだ。
なんしかぼくはラッキーボーイなのだ。
へいへいぼんぼんばんばんざいなのだー。
人通りの少ない道でたまたま女の人の後ろを歩くことになったら~~
ストーカーに間違われるんじゃないかとびくびくするーー
ランニングしていて正面からおばちゃんが来たときi-podをポケットの中で操作していたら~~
切り裂き通り魔に間違われるんじゃないかとびくびくするーー
がんこで、
すぐにちょっと人とずれたことをしたくなる。
そして、自分では知らないところで人に認められたいって気持ちが大きくて。
そんなだから、ぼくが人に合わせたり、自分と違う人の意見を認めたり、なんてするときには必要以上に「よくやった」と人に思ってもらいたがる。
ぼくにはムズカシいことをやってのけてるんだからってね。
一言で言うならぼくは「やっかい」なやつ。
こんなぼくを受け入れてくれた人たちにありがとうを言わなくっちゃね。
人間は人間である以上、良くも悪くも仲間
人間はたくさんいるし、その上、業が深い。
だからプラスマイナスになるように苦しむのは当たり前なのかな
なぜ生きるのか
なぜ悲しむのか
それは死ぬから
それは喜ぶから
こんな当たり前のことを飾らずに仲間と共有することがすばらしいんだと思う
あなたがいることの尊さに震えた瞬間、なんだかとても儚んだ
その瞬間に刻み込まれた気持ちをいつか、僕から離してあげたいな
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