へいへいぼんぼん
人はその人にとって”あたりまえの”人生を歩む。
なぜ”あたりまえ”なのかは、人生から得てきた感じ方を持って、送っている自分の人生を自分で振り返ると”あたりまえ”だと感じるから。
というより、結局はそうゆうふうにしか生きれない(かった)から。かな。
だから、ばくは、ぼくの人生に飽き飽きするときがある。
”あたりまえ”が誰かにとっては特別であったり、ぼくにとっても幸せで、愛おしいのだけれど。
現状にこれでいいのか?
って反問する。
でも、結局はこうゆうふうにしか生きれない(かった)から反問はそこでおしまいになって。
僕は正直に生きている?
僕は正直に生きてきた?
この人生はぼくが望んだもの?
望んでなんかないか。
今までで望んだものといえば、ぼくにとって大切な人が”あたりまえに”過ごせること、くらいのような気がする。
望んで簡単に”あたりまえ”が得られるもんじゃない。
病気したり、苦しんだり、悩んだりするし。
だから、大切な人のそれだけは望んできた。
すでにへいへいぼんぼんである”あたりまえ”のぼくはとても運がいいのだ。
なんしかぼくはラッキーボーイなのだ。
へいへいぼんぼんばんばんざいなのだー。


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