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2011年7月 4日 (月)

甲斐性なしとあまのじゃく

自分はよく、自分の中のあまのじゃくが暴れだして、指示されたり、誘われたりして始めた事に真剣に取り組めない事がある。

そして、先輩上司から自分は甲斐性なしと言われる。
積極的な気力がなく、頼りがいがないという意味で。仕事面ではこれからとして、プライベートにおいては認めざるを得ない。
積極的な気力とはなんとも、如何わしいものだと思っている。というのも、好きなことしかそんなものは沸いてこないはず(仕事については別で積極的な気力を持つべきであるが)で、今自分に好きなことがないからだ。
果たして本当にそうなのか。
それを言い訳にして、何に対しても挑戦してるふりをして、空想的に過ごしてるだけなんじゃないのか。
そこで思ったのが、自分のあまのじゃくはそこから生じてるのではないか、という事だ。もっとおまえにはすることがあるだろうって自分を助言するような感覚があまのじゃくの正体ではないか。まぁそんなことに関係なく、もともと指図されるのが嫌いであるのだが(笑)
ただ、あまのじゃくが出てきたときには、正直に気持ちを認めて、その時取り組んでることに加えて真にやるべきことに取り組むべきである。

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コメント

あたしの記憶の中の君はいつもなにかに挑戦していて、頼まれたことはそれ以上のことをするような、あまのじゃくとはかけ離れた人でしたよ。
あたしはあたしの中にいつでもあまのじゃくを飼っていたけれど。
社会にでると自分の評価や印象は正当だと思えなくなることが多いけれど、評価ってまわりが決めるものだから本当はそれが正当だということかもしれないけれど、自分を信じて失わないことも自分を保つためには大切なことなんじゃないかと。あたしはよくわからないまま生きている。
だから君にはいつまでも君を失わずにいてほしい。
全部があたしの輝かしい君だから。
今でも左の小指を守ってくれているから。

だいぶ遅くなって非常に申し訳ないです。今更やけど返信します。

社会(ここでは主に会社内)での評価はやっぱり正しいと思います。
それにこの話は、先輩から深刻に言われた内容じゃなくて、ある程度信頼関係があった上での、先輩が酔っ払ったら、よく僕に言う内容です。僕はひとまず、おおよそ「期待してるぞ」の意味だと解釈してます。まぁ、間違いなくダラしないって思われてるから言われているのでしょう。むしろ、酔っ払ってる時の方が本音が出てるといったことも十分考えられるんだけど、その先は考えないでおきます。

そんなことより、ブログのコメントうれしいですね。
こんなブログ見てるなんてだいぶ変わり者です。
唯一無二です。

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